2025.10.22
- フランス料理エミュ|銀座で味わう秋のディナーコース「Gourmand」|クラシックフレンチ・個室完備

フランス料理の美学
「Gourmand」コースに見る伝統と革新の饗宴 ―秋の恵みと共に―
プロローグ:一皿に込められた300年の歴史と秋の息吹
フランス料理ほど、その歴史と技術、哲学が一皿に凝縮された料理文化は世界に類を見ない。18世紀の宮廷料理から始まり、カレームが体系化し、エスコフィエが洗練させ、ヌーヴェル・キュイジーヌが革新した——その全てが、現代のフレンチコースに息づいている。
今回ご紹介する「Gourmand」コースは、まさにフランス料理の粋を集めた構成である。そして、このコースが奏でるもう一つの主題、それは「秋」という季節の魔法だ。セップ茸、葡萄、栗。秋の森と畑が育んだ恵みが、各皿に豊かな表情を与えている。アミューズからプティフールまで、作り手の哲学と、受け継がれてきた技術、そして季節への敬意が結晶している。
このコースを通じて、私たちは単に「食事」をするのではない。300年にわたる美食の歴史を、そして秋というフランスで最も美食に恵まれた季節を、舌で、目で、そして心で体験する旅に出るのだ。
第一章:序章としてのアミューズ——シェフの「挨拶状」
コースの幕開けを飾るアミューズ・ブーシュ。その名は「口を楽しませるもの」を意味する。わずか一口サイズのこの料理が、実は1970年代以降の現代フランス料理を象徴する存在であることをご存知だろうか。
重厚で格式張ったクラシック料理に対する反動として生まれたヌーヴェル・キュイジーヌ。ポール・ボキューズやアラン・シャペルらが主導したこの革命は、料理を「軽やかで創造的な芸術」へと昇華させた。アミューズは、まさにその精神を体現している。メニューに載らず、シェフの自由な発想で毎日変わるこの一皿は、これから始まる美食の旅への「招待状」なのである。
秋のアミューズには、秋の息吹が込められることが多い。小さな器に盛られた一口が、食事全体のトーンを決定する。ここにシェフの感性、季節への敬意、そして食材への愛情が凝縮される。アミューズを口にした瞬間、私たちは日常から切り離され、秋の特別な時間へと誘われる。
第二章:海の宝と陸の極み——バロティーヌとフォアグラの対話
前菜の二皿は、フランス料理の真髄を見せる。アンコウとあん肝のバロティーヌ、そしてフォアグラのソテー。この対比こそが、フランス料理の「構成美」である。
バロティーヌは中世に起源を持つ技法だ。肉や魚を布で巻き、円筒状に成形して加熱する。保存技術としての実用性から生まれたこの調理法は、やがて宮廷料理の優雅な技術へと昇華した。ここでは、ブルターニュの海で獲れたアンコウと、日本の珍味であるあん肝が出会う。「海のフォアグラ」とも称されるあん肝を用いることで、東西の食文化が一皿の上で調和する。これは伝統技法に現代的解釈を加えた、まさに「温故知新」の料理と言えよう。
続くフォアグラのソテーは、フランス南西部ペリゴール地方の誇りである。古代エジプトに起源を持ち、ローマ帝国を経てフランスに根付いたフォアグラ。その濃厚な味わいを、アルザス地方の葡萄ソースが引き立てる。秋、アルザスの丘陵地帯では葡萄の収穫が最盛期を迎える。リースリングやゲヴュルツトラミネールの芳醇な香りと共に、葡萄は甘酸っぱいソース・レザンへと姿を変える。このソースが、フォアグラの重厚さを軽やかに包み込み、次の皿への期待を高めてゆく。
ここで重要なのは「ポワレ」という技法だ。フライパンでバターを使って焼く、フランス料理の基本中の基本。しかし、フォアグラのポワレには高度な技術が求められる。表面は黄金色にカリッと焼き固め、中心部はレアに保つ。温度が高すぎれば脂が溶け出し、低すぎれば食感が損なわれる。一瞬の判断が、一皿の完成度を左右する。
第三章:透明な完璧——コンソメに宿る職人魂
コース中盤に現れる一杯のコンソメ。その黄金色に澄んだスープを前にして、多くの食通は沈黙する。なぜなら、このコンソメこそが、シェフの技術の全てを物語るからだ。
「料理は建築である」と唱えた19世紀の巨匠マリー=アントワーヌ・カレーム。彼はコンソメを「料理の基礎」として位置づけた。完璧に澄んだスープを作るには、卵白と挽肉を使った「クラリフィエ(澄ませる)」という技法が必要だ。卵白と挽肉が筏(ラフト)となり、スープの不純物を吸着してゆく。この作業には数時間を要し、わずかな火加減の誤りも許されない。
19世紀フランスの貴族社会では、完璧なコンソメを出せるシェフこそが「一流」の証とされた。透明度、香り、味わいの三拍子が揃って初めて、コンソメは「完成」と認められる。現代においても、この伝統は変わらない。一杯のコンソメに、シェフの矜持が注がれているのだ。
口にした瞬間、凝縮された旨味が舌を包む。そして驚くほどの軽やかさ。これこそがフランス料理の真髄——複雑さの中にある透明性、重厚さの中にある繊細さである。
第四章:秋の主役——プロヴァンスの風と森の恵み
メインへの序章として登場するのが、オマール海老のティアン仕立てである。ティアンは南仏プロヴァンス地方の家庭料理に起源を持つ。陶器の浅鍋を意味する「ティアン」で、野菜や魚を層状に重ね、オリーブオイルで焼き上げる素朴な料理だ。
この伝統的技法に、ブルターニュの冷たい海で育った高級食材・オマール海老が主役として登場する。19世紀には「海の王様」として王侯貴族のテーブルを飾ったオマール。その甘く繊細な身を、セップ茸のリゾットが支える。
ここで、このコースの秋の主役が登場する。セップ茸——ボルドー地方の森で、9月から11月にかけて採れる「森のキャビア」である。フランス語で「cèpe」、イタリア語で「porcini」と呼ばれるこのキノコは、秋の森の贈り物として珍重される。その芳醇な香りとしっかりとした歯ごたえは、海老の甘みと見事に調和する。
リゾットに仕立てられたセップ茸は、バターとパルミジャーノの力を借りて、クリーミーな至福の味わいを生み出す。この一皿は、海と森、北部と南部、そしてフランスとイタリアの食文化を見事に融合させている。異なる風土の食材が一皿で調和する様は、まさに現代フレンチの国際性を象徴している。そして何より、秋というフランスで最も豊かな季節の恵みを、存分に味わえる瞬間なのだ。
第五章:和牛という革命——東洋の極みとフランスの技の融合
メインディッシュに登場する黒毛和牛フィレ肉。この選択は、21世紀フランス料理の大きな変化を物語っている。
1990年代以降、パリの三ツ星レストランで和牛が使われ始めた。当初は「フランス料理に和牛?」という懐疑的な声もあったが、その芸術的な霜降りと繊細な味わいは、瞬く間にフランスの美食家たちを虜にした。今や和牛は、最高級食材として確固たる地位を築いている。
フィレ肉は牛の中で最も柔らかい部位だ。フランス語で「filet mignon(かわいい細切れ)」と呼ばれるこの部位を、ソース・ポワブルヴェールが引き立てる。マダガスカル産の青胡椒を使ったこのソースは、1960年代のパリで流行したステーキソースの古典である。クリームとコニャックで仕上げられた芳醇なソースが、和牛の上品な脂と絡み合う瞬間——それは東洋と西洋、伝統と革新が完璧に調和する至福の時だ。
秋の終わりから冬にかけて、牛肉は最も美味しい時期を迎える。涼しくなった気候の中で、牛たちは良質な脂を蓄える。このタイミングで供される和牛は、まさに「旬」を迎えた極上の一皿なのである。
第六章:甘美なる終幕——モンブランに込められた秋の物語
デザートの主役は、シェフ特製モンブラン。この菓子の名は、フランスとイタリアの国境にそびえる「白い山」モンブランに由来する。そして、この菓子こそが、秋という季節を最も雄弁に語る一皿である。
1900年頃、パリのカフェ「アンジェリーナ」で誕生したとされるモンブラン。マロンクリームを細い線状に絞り出した姿が、雪に覆われた山の稜線を思わせることから名付けられた。興味深いのは、この菓子が日本で独自の進化を遂げ、今や世界中のパティシエにインスピレーションを与えていることだ。
栗はフランス南部アルデシュ地方の誇りであり、秋の収穫祭では主役を飾る。9月下旬から10月にかけて、森の中でイガから転がり落ちる栗を拾う光景は、フランスの秋の風物詩だ。この栗が、丁寧に茹でられ、裏ごしされ、やがてマロンペーストへと生まれ変わる。
メレンゲの土台、生クリーム、そしてマロンペーストの三層構造。極細ノズルで一本一本丁寧に絞り出される栗のクリームには、パティシエの繊細な技術と忍耐が宿っている。口に含めば、栗の自然な甘みと香ばしさが広がる。それは、秋のフランスの森を歩く記憶、落ち葉を踏みしめる感触、冷たい空気の中で温かい栗を食べる幸福——全てが凝縮された一口である。そしてバニラアイスの冷たさが、全体を優しく包み込む。これは単なるデザートではない。秋のフランスの森を、一口で体験する魔法なのだ。フランス料理EMUならではのアレンジがあります。それは食べてからのお楽しみ・・
エピローグ:美食とは、記憶と季節を紡ぐ芸術である
カフェとプティフールで締めくくられるこのコース。食後のコーヒーは、フランスでは単なる飲み物ではない。それは「conversation(会話)」の時間であり、余韻を楽しむ文化である。哲学者サルトルもカフェで思索にふけったように、コーヒーは思考と対話を促す。濃厚なカフェ・ノワールであれ、優しいカフェ・オ・レであれ、この一杯が食事の余韻を深め、記憶として定着させる。
最後に供されるプティフール——小さなオーブン菓子たち。マドレーヌ、フィナンシェ、カヌレ等。これらはパン焼き窯の余熱を利用して焼かれた、18世紀の知恵から生まれた菓子である。小さいながらも、一つ一つに歴史と技術が詰まっている。秋の夜長に、これらの小菓子を摘まみながら会話を楽しむ——それもまた、フランス的な美食の楽しみ方である。
この「Gourmand」コースを通じて体験したのは、単なる食事ではない。私たちは、フランス料理の300年の歴史を一晩で旅し、そして秋という季節の豊かさを全身で感じた。カレームの古典、エスコフィエの洗練、ヌーヴェル・キュイジーヌの革新、そして21世紀の国際性。全てが調和し、一つの物語を紡ぎ出している。
そして、このコースが教えてくれるのは、フランス料理が決して「季節を超越した普遍的な料理」ではないということだ。葡萄、セップ茸、栗——秋の恵みがなければ、このコースは成立しない。フランス料理の真髄は「その時、その場所でしか味わえない一皿」を創造することなのである。
フランス料理の真髄は「記憶と季節を紡ぐ芸術」である。一皿一皿が、私たちの心に風景を描き、感情を呼び起こし、そして記憶として刻まれてゆく。それは味覚だけでなく、視覚、嗅覚、そして知性をも刺激する総合芸術だ。
美食家(Gourmand)とは、単に美味しいものを食べる人ではない。食を通じて文化を理解し、歴史を尊重し、季節の移ろいを愛で、そして未来への想像力を育む人のことである。このコースは、まさにそんな私たちへの、秋という季節からの、そしてシェフからの贈り物なのだ。
Bon appétit, et que la magie de la gastronomie française et l'automne vous accompagne toujours.
(良き食事を。そしてフランス美食の魔法と秋の恵みが、いつもあなたと共にありますように。)
【著者後記】
フランス料理は、決して敷居の高いものではありません。その根底にあるのは、食材への敬意、季節への感謝、そして食卓を囲む人々への愛情です。特に秋は、フランスで最も豊かな食材に恵まれる季節。このコラムが、皆様の秋のフレンチ体験をより豊かにする一助となれば幸いです。
Gourmand
メニュー 一例
Amuse-bouche
本日のアミューズ
Balottine de Lotte et foie Fromage de Tete de Lotte.
アンコウとあん肝のバロティーヌ仕立て
Escalope de Foie gras Poelè Sauce Raisin.
フォアグラのソテーソース レザン
Consommé.
コンソメスープ
Tieu de Homard Risotte de cep.
オマール海老のティアン仕立てセップ茸のリゾットと共に
Fillet de Boeuf WAGYU Saute Sauce Poivve vert.
黒毛和牛フィレ肉のソテーソース ポワブルベール
Avant-dessert
アヴァンデセール
Mont Blanc special glace Vanilles.
シェフ特製モンブラン
自家製パン
Pain
コーヒー
Café
プティフール
Petit four
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