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日本料理と暑気払いの習わし ―涼を味わう、日本の知恵―2025.08.21






日本料理と暑気払いの習わし ―涼を味わう、日本の知恵―


はじめに


日本には、四季折々の風情を食で味わう文化があります。とりわけ、夏の厳しい暑さを乗り切るための風習として根づいてきたのが「暑気払い(しょきばらい)」です。


現代では、納涼会や冷たい料理を楽しむ行事としても親しまれていますが、その背景には、気候風土に根ざした先人の知恵と、四季を尊ぶ日本料理の美意識が深く関わっています。


日本における暑気払いがどのような歴史を持ち、日本の食文化において受け継がれてきたのでしょうか。そして、現代の私たちにとって、どのような意味を持つのでしょうか。


暑気払いとは


「暑気」とは、文字通り暑さの気、つまり熱気を意味します。「暑気払い」は夏の暑さを払いのけ、体調を整える風習で、古くは江戸時代から庶民の間でも親しまれてきました。


このような考え方の源流は、奈良・平安時代の宮中行事に遡ります。当時、夏の疫病や疲れを避けるために、氷や薬草、冷たい水で清めを行う「夏越の祓(なごしのはらえ)」や「氷の節句(6月1日)」が行われており、これが暑気払いの原型と考えられています。


貴族たちは氷室に蓄えた冬の氷を夏に取り出し、体を冷やすために用いたと言われています。この氷は貴重品であり、氷を口にできること自体が特権階級の証でもありました。これに倣い、冷たい水で作った料理や薬草を用いた膳が振る舞われ、心身の浄化と健康を祈願したのです。


江戸時代になると庶民の間にも「暑気払い」が広まっていきます。冷やし飴、ところてん、甘酒などが夏の風物詩となり、食を通して暑さをしのぐ習慣が根づいていきました。特に甘酒は、栄養価が高く夏バテ防止に効果があるとされ、「夏の甘酒は冬の餅」という言葉もあるほど重宝されました。江戸の町では、甘酒売りの声が夏の音風景の一部となっていたのです。


日本料理に見る「涼」の演出


日本料理は、ただ単に空腹を満たすものではなく、季節を映し出す芸術でもあります。特に夏の料理には、「涼」を五感で感じさせる工夫が凝らされています。


まず、見た目の涼やかさです。氷を敷いた器や、透け感のあるガラスや竹の器、青もみじや笹の葉を添えるなど、盛り付けの段階から季節感を演出します。料理そのものも、色合いや質感に清涼感があるものが好まれます。例えば、葛切りの透明な喉ごし、寒天や水ようかんのひんやりとした食感は、味覚だけでなく視覚と触覚にも「涼」を届ける工夫です。


また、「旬」の食材を取り入れるのも日本料理の大きな特徴です。夏には、うなぎ、あゆ、枝豆、ミョウガ、しそ、なす、きゅうりなど、身体の熱を冷ましたり、疲労回復に役立つ食材が豊富です。これらの食材を、冷たい出汁や酢、塩などでシンプルに味付けし、素材の持つ力を引き出すのが日本料理の魅力です。



夏の食材と食養生の智恵


中でも、夏の定番として知られる「うなぎ」は、土用の丑の日に食べる習慣が江戸時代に定着しました。栄養価が高く、夏バテ防止に効果があるとされ、今も多くの人に親しまれています。こうした「食養生」の考え方も、暑気払いの根幹にあります。


鱧(はも)もまた、夏の京都には欠かせない食材です。小骨が多いことから、骨切りという高度な技術を要しますが、その淡白で上品な味わいは、暑い夏にこそふさわしい食材として重宝されてきました。関西では「鱧祭り」という言葉もあるほど、夏の風物詩として親しまれています。


夏野菜についても、先人の智恵が込められています。きゅうりやなすは体を冷やす効果があるとされ、みょうがやしそは食欲を増進させる香りを持ちます。これらを冷やし鉢や酢の物として調理することで、暑さで疲れた身体に必要な水分と栄養を効率よく補給できるのです。


また、盛りつけや器選びにも季節感を取り入れるのが日本料理の粋。竹籠、ガラスの器、青もみじなどを添えることで、視覚的な涼も演出されます。音にも配慮が行き届いており、風鈴の音色や水の流れる音など、聴覚からも涼しさを感じられるよう工夫されることもあります。


現代における暑気払いの意義


現代では、職場での納涼会や友人との集まりなど、気軽な「暑気払い」が多く見られます。冷たい飲み物やビールを楽しみながら、日頃の疲れを癒す時間は、心のリフレッシュにもつながります。


しかし、本来の暑気払いが持つ意味は、単なる親睦を深める機会以上のものです。それは、自然のサイクルに身を委ね、季節の移ろいを受け入れながら、健やかに過ごすための智恵なのです。エアコンに頼りがちな現代生活において、食を通じて自然と調和する暮らし方を思い出させてくれる貴重な機会でもあります。


また、暑気払いには人と人とのつながりを深める役割もあります。暑い夏を共に乗り切る連帯感や、お互いの健康を気遣う心遣いが、自然と生まれるのです。これは、個人主義が進む現代社会において、改めて見直すべき価値観かもしれません。


涼やかなひと時を~日本料理香川の夏会席~


夏の会席には、涼やかさと旬の滋味が宿ります。日本料理では、月替わりの会席献立をご用意しておりますので、その中から、暑気払いにぴったりのお料理をいくつかご紹介いたします。


瀬戸会席御献立


前菜
もろこし豆富 真蛸緑酢掛け 和牛生姜巻き アスパラ奉書揚げ 磯つぶ貝うま煮


御椀
海老真丈 焼き茄子 木ノ芽


造里
旬魚二種盛り


焼物
鱸豆打焼 甘長焼き浸し 新丸十蜜煮


冷やし鉢
冬瓜 小芋 南瓜 ミニオクラ 銀餡 青柚子


食事
ちりめん山椒御飯 香物 止椀


甘味
葛饅頭


前菜の「もろこし豆富」は、とうもろこしの甘みをそのままに、なめらかな舌触りで初夏の訪れを告げる逸品。豆乳と合わせて寒天で寄せ、豆富に仕立てています。口の中でほろりとほどける食感は、暑さで疲れた身体に優しく寄り添います。


さらに「真蛸緑酢掛け」は、程よい酸味と緑酢の清涼感が特徴。旬の瀬戸内の真蛸を湯引きし、きゅうりの合わせ酢で酢の物にしました。蛸の歯ごたえときゅうりのシャキシャキとした食感が絶妙なハーモニーを奏でます。


高松会席御献立


先付
鱧落とし 叩きオクラ 梅素麺 梅肉 旨出汁


前菜
もろこし豆富 真蛸緑酢掛け 和牛生姜巻き アスパラ奉書揚げ 磯つぶ貝うま煮 鮎煎餅


御椀
鯒丸仕立て 焼粟麩 九条葱


造里
旬魚三種盛り


焼物
黒毛和牛フィレステーキ


冷やし鉢
冬瓜 フルーツトマト 蒸し鮑 青柚子


強肴
丸茄子田楽 海老 木ノ芽


止肴
鰻ざく


食事
雲丹と玉蜀黍の御飯 香物 止椀


水菓子
メロン 桃のすり流し


甘味
葛切り


高松会席の先付、「鱧落とし」。梅肉と叩きオクラを添えて、骨切りされた鱧のふくよかな味わいに、さっぱりとした出汁と酸味が寄り添います。鱧の上品な旨味と、梅の酸味が絶妙に調和し、食欲をそそります。


さらに、冷やし鉢には冬瓜や蒸し鮑、フルーツトマトといった夏ならではの食材が並び、みずみずしい夏野菜の味わいは、暑気払いにぴったりです。冬瓜の淡白で上品な味わいは、夏の疲れた胃腸にも優しく、蒸し鮑の凝縮された海の旨味がアクセントとなります。


水菓子には「桃のすり流し」。7~8月が最もおいしい桃を甘酒でのばし、夏バテ気味の体に飲む栄養としてどうぞ。桃の自然な甘みと甘酒の優しい風味が、疲れた身体に染み渡ります。


締めくくりは、自家製の「葛切り」です。吉野本葛を使用し、透明感が見た目にも涼しく、食欲が落ちるこの時期にものど越しよく召し上がっていただけます。つるりとした食感と、黒蜜の深い甘みが、食事の最後を上品に彩ります。


器と空間の美学


日本料理において、器の選択は料理そのものと同じくらい重要な要素です。夏の料理では特に、見た目の涼しさを演出する器選びが求められます。透明感のあるガラスの器は、中の料理を美しく引き立て、視覚的な涼感をもたらします。また、竹を編んだ籠や青竹を使った器は、自然素材ならではの清涼感を醸し出します。


さらに、料理を盛る際の「間(ま)」の取り方も重要です。器に余白を残すことで、見た目にゆとりが生まれ、涼しげな印象を与えます。これは、日本の美意識である「余白の美」が料理にも表現されたものです。


空間づくりにおいても、夏らしい演出が施されます。座敷の床の間には夏の花を生け、簾(すだれ)で日差しを和らげ、風鈴の音色で聴覚からも涼を感じられるよう配慮します。これらすべてが一体となって、五感で楽しむ日本料理の真髄が表現されるのです。


おわりに


暑気払いは、暑さを受け入れ、四季がある日本だからこそ、自然と調和しながら健やかに夏を乗り切るための知恵の結晶です。自然とともに生き、慈しむ心は、料理という形を通して今も脈々と受け継がれています。


現代社会において、私たちは往々にして自然から切り離された生活を送りがちです。しかし、暑気払いという伝統的な習わしを通じて、季節の移ろいを感じ、自然のリズムに身を委ねる大切さを思い出すことができます。それは、単に身体の健康を保つだけでなく、心の豊かさをも育む貴重な機会なのです。


銀座の中心にある日本料理香川では、接待や大切な会食にふさわしい、落ち着いた個室をご用意しております。季節の移ろいを映す繊細なお料理と、心を尽くしたおもてなしで、お客様のひとときを特別なものにいたします。


都会の喧騒を忘れさせる和の空間で、旬の恵みを五感で味わう贅沢な時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。伝統的な暑気払いの智恵を現代に活かし、心身ともに健やかな夏をお過ごしください。


皆様の夏を少しでも健やかに、そして心豊かに彩るひと時になれば幸いです。







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